萬治郎はんは祇園の水炊き屋のおばあちゃんだ。
萬治郎は屋号だが、あのへんではみんな屋号で呼ぶ。
「萬治郎は〜ん」「へえへえ何どす、由良之助はん」
こんな具合だ。
ある日、祇園のおばあちゃん連が年にいっぺんの
慰安旅行に行った。
そのために毎月積み立てをしている。
1泊の贅沢な旅行がポリシーである。
電車を乗り継いだりはしない。
そんなことをすると出発時と到着時の人数が違う。
必ず違うと私は思う。
なので、一網打尽にバスに乗って行く。
おばあちゃんたちは好奇心が強い。
言い換えると物見高い。
そのときは20年にいっぺんの
伊勢神宮の遷宮の年だった。
神さまが新しいお宮に引っ越しなさるのだ。
このことについて書き始めると止まらないので
やめるけれど、ともかくお伊勢さんに行ったのだ。
萬治郎はんは言う。
「日本人やったらいっぺんは見とかなあきまへん」
なるほど....
「うちもそう思うたんで行ったんどす」
へえへえ、そうどすか
「そやけどな、あんた」
へ?
「あすこは駐車場から先にお便所がないんどす」
はあ....
「うち、ほれが心配やったんでずっとバスにおったんどす」
へっ、ずっとバスの中におったんですか
「へえ、そうどす」
ほなお参りはしてはらへんのですか?
「そやかてお便所がないんやもん」
これが萬治郎はんのお伊勢参りだった。(さ)