
大王グループの住人が帰宅したとたんに
「ご飯が炊けてるとはなんて幸せなんだ」とほざいた。
しかも電気釜のスイッチが切れたとたんに帰ってきたという
絶妙のタイミングだった。
それは予定と違って空腹で帰宅する羽目になったということかもしれないし、
さらにご飯を炊く時間も待てないくらい空腹だと訴えていたのかもしれない。
しかし、我思うのだが、
昔の電気釜は30分くらいでご飯が炊けたよな。
いまはスイッチを入れると85分という数字が出る。
ふざけるなよ、こら。
土鍋で炊いても30分かそこらじゃないか。
電気釜のやつ、何をネチネチと85分もかかって炊くのだろう。
しかも、そんな電気釜を買ってきたのはもちろん大王グループの住人だ。
自業自得だ。
おまけに自業自得に私まで巻き込んでいる。
スイッチを入れて85分は実にうんざりだ。
しかし我思うのだが、
85分の炊飯がうんざりとはいえ、
帰宅してご飯が炊けていたら「こんなに幸せなことはない」というのは
あまりに幸せレベルが低すぎないだろうか。
望みが低すぎないだろうか。
例えば、スターウォーズの銀河帝国が
「デススターみたいな星を作るたびにさあ、反乱軍が爆破にくるしさあ、
もうやんなっちゃったから、星やめて城でいいや」
みたいな望みの低さではあるまいか。
うちの大事な大事な胡留さん(うる・猫・♀)だって、
本当はもっと美形で賢い雄猫のパートナーを希望していたかもしれないのに
もののはずみで大王(写真)が来てしまったので
「なんでこうなってしまったのかしら。しょうがないわね」と妥協していると思うし、
そも私だってタバコを吸いたくてファミレスで昼飯を食べることがある。
年をとるといろんなことがどうでもよくなるという話を
ついこの間だれかに聞いたけれど、
どうでもよくなっているのではないと思うなあ。
電気釜の炊飯時間が異常に長くなったり、
禁煙の飯屋が増えたりしているせいだと思うなあ。
つまり外的な要因のせいだなあ。
このへんは気をつけないと、
釜や禁煙のせいで「年を取った」と思い込まされる危険があるぞ。
気をつけなくては (さ)