この世には、というか、この国には擂り鉢ご飯という
実にしみったれた美しい食べ物があるのをご存じだろうか。
胡麻和えをつくった擂り鉢にほんのひと口のご飯を入れて箸でころがすと
擂り鉢の目にはさまって取れない胡麻や野菜がひっついてくる。
それをお手塩(小皿)に入れてもらって食べるのだ。
私はこれを祇園で飲み屋を営んでいたおばあちゃんに教わった。
その飲み屋は祇園でいちばん安い飲み屋で
それこそ人参葉の胡麻和えや高野豆腐とワラビの炊いたのや
ちょっと昔のお母さんがつくるお総菜で飲ませる店だった。
恵比寿さんの日には安平とネギのおつゆをつくってくれた。
小判型の安平と斜めに切ったネギで笹に小判ということらしかった。
(この場合のネギは
九条葱です)
擂り鉢ご飯は擂り鉢でなくてもよいではないかということで
盛りつけた片口の底に残った胡麻和えにご飯を入れて混ぜてみる。
こういうことはおおっぴらにやってはいけないので
四方を見渡して誰も見ていないのを見届けてからさっと混ぜて食べる。
後片付けのついでにぱくっとやってしまう。
なぜおおっぴらにできないかというと
晩のお菜をつくっている最中や後片付けの最中に
わずかひと口やふた口のご飯をお膳にかしこまって食べないからだ。
立ったまま食べるのだ。
猫にも見られたくないざまなので、物陰にかくれてこっそり食べる。
昔はご飯が待ちきれない子供に食べさせたそうだが
子供なら立ったまま食べてもかわいらしいような気がする(さ)