困っている人に話しかけられることがある。
「歌舞伎座はどこですか」
「自然食の店はどこですか」
「外貨を両替するところはどこですか」
以上、英語だからたいへん困る。
歌舞伎座は幸いにまっすぐ行って1ブロック先だった。
正しいかどうかわからないが、go straightと言ってみた。
自然食品の店は道が一本違うことを説明できず、
しょうがないので案内した。
外貨は幸い近くにホテルがあった。
話しかけられている英語の意味がさっぱりわからないこともあったが、
幸い近くに山本高史教授がいた。
やれやれ...
困っているのが日本人だと本当に助かる。
日本語が通じるってなんとありがたいことだろう。
道なんかどんどん教えてあげる。
たまに変な困りかたをしている人がいる。
電車で隣に座っている人に話しかけられた。
「タカラクジを買ってくれませんか」
へっ???
つまり、財布を忘れて電車に乗ってしまい、
駅で清算をするお金がないというのだ。
そして私に売ろうとしているタカラクジは300円当たっていると言う。
私は300円払ってそのタカラクジを受け取った。
(本当に300円当たっていた)
さて、昨日は自転車置き場に自転車を置いていたら
向こうからニコニコと笑いかける人がいた。
「50円玉をお持ちではありませんか」
へっ??
コインランドリーで使う50円玉がなくて困っているという。
何枚必要かと尋ねたら1枚でいいというので1枚渡した。
すると10円玉を6枚くれた。1枚は両替のお駄賃だ。
それにしても...と私は思う。
私が自転車置き場から出てくるまでに数人の通行人が通ったし、
すぐそこの遮断機の下りた踏切にはさらに数人の人がたまっている。
なのに、なぜ私なんだろう。
思えば些細なことで困っている人に話しかけられることがずいぶん多い。
香港では道を訊かれたことも多かった。
声をかけるのは現地の人だ。つまり中国人だ。
私はガイドブックとカメラを持って歩いているあからさまな観光客だ。
観光客に道を訊くなっ!中国語で話しかけるなっ!
というオーラを発していたつもりだが、何人もが話しかけてきた。
なぜ私なんだろう (さ)