スタジオのロビーにあった「災害救援ベンダー」
いまのいままで、地震のときにタダで飲み物が出て来ると
思っていたのだが違ったのだ。
このタイプは、カギを持った人が開けて取り出す必要があるのだ。
調べてみたら、災害救援ベンダーにもいろんな種類があった。
だいたいは非常用の電源を内蔵しており
その電源が働いている期間(48時間以内とか)は
ベンダーの鍵を持っている人が開けて中身を取り出せるしくみだが、
さて鍵を持っている人って誰だろう。
スタジオの中なら、おい誰だよカギ持ってる奴はと騒いでいれば
そのうち開けてくれるだろうし
パン屋の前ならそのパン屋のおばちゃんが開けるだろうけど、
いつ取り出していいと判断するんだろう。
取り出した中身の代金はどうなるのだろう。
取り出す責任者が存在するということは、
いつ、誰に配るかという責任が存在するということだ。
飲料会社によっては自治体と災害時の飲料提供協定を結んでおり
この場合はおそらく避難所へ届けるなどするのだろうから
喉が乾いた人が誰でももらえるとは思えない。
要するに、ベンダーの中身が
飲料会社の管理から自治体の管理になるだけのことだ。
自治体はそれを見越して災害用の飲料のストックを減らすわけで
どうもこれはあまりありがたくないような気がする。
そういえば、2011年の東日本大震災のときは
サントリーの災害救援ベンダーが徒歩帰宅の人に解放されたが、
このベンダーは無電源で鍵がなくても開けられるタイプで、
災害発生直後に飲み物の管理を放棄して
誰にでも提供するというありがたいベンダーなのだ。
災害救援というなら、やはりこのくらい救援してもらいたいと思う。
あの2011年のときは、徒歩帰宅の人々のみならず
大渋滞のなかを走っていたタクシーの運転手も悲惨だった。
コンビニに飲料なく、パンなく、オニギリなく
要するに食べ物飲みものが売り切れ状態だった。
私が話を聴いた運転手さんは、渋々乗せた長距離の客が
ああこれで家に帰れると喜んで、
ひとつ持っていた饅頭をくれたそうだ。
饅頭は会社にあったいただきものを徒歩帰宅の人数で分けたのか
コンビニでかろうじて買えたものなのかはわからないが、
おかげで運転手さんはその饅頭ひとつを腹におさめて朝まで働いた。
タクシーが一台働けば数人の客が助かっただろうと思う。
ところで私はというと、
その日は赤坂のスタジオに昼前からいて、
地震をはさんで夜に仕事が終わったときは用意したパン類が大量に残っていた。
これから徒歩帰宅する人たちにお持ち帰り願っても
まだまだたくさんあって、それを持って自宅まで歩きはじめたのだが
誰が空腹かわかりさえすれば差し上げることができたのに
なかなかうまくいかないものですね(さ)