ちょっと時間が空いている。ちょっとお腹が空いている。
何か食べたい。そして食べるために店に入って座る余裕があるならば
ぜひともタバコを吸いたい。
ここまでなら喫茶店に入ればいいわけだ。
昔からある喫茶店。どのテーブルにも灰皿がある喫茶店。
またはセルフサービスの喫煙席でコーヒーとサンドイッチ。
しかしこの日は上記に加えて「蕎麦が食べたい」という欲求があった。
欲求というより単なるわがままだ。
蕎麦屋へ行ってから喫煙できる喫茶店に入る時間の余裕はなかった。
蕎麦にタバコ、蕎麦にタバコ...
呪文のように心の中で唱えながら築地を歩いた。
ないならないでいいのよ。真っ直ぐ会社に帰ればいいんだから。
とは思うものの目はきょろきょろと蕎麦屋をさがしている。
そして見つけた。昔からある蕎麦屋だった。
蕎麦屋のすぐ近くには救急病院がある。
肋骨を折ったときにお世話になった。
靱帯を切ったときもお世話になった。
この病院は生命に別状のない患者にはあまり興味を示さず
実にさっぱりした対応をする。
私の性分には合っているが、いつも混みに混んでいるのが難点だ。
そんなわけで、この道はたまに通るのに
ここに蕎麦屋があることをすっかり忘れていた。
暖簾をくぐった。テーブルに灰皿を見つけた。
タバコを吸うつもりなのでいちばん端の窓際に座った。
すると、店のおばさんがこっちを向いて言った。
「その席、もうすぐ電気が消えますけどいいですか?」
いいですいいです(蕎麦を食べられてタバコ吸えるなら暗くてもいいです)
タバコを吸った。おろし蕎麦が来た。
食べている途中に本当に電気が消えた。
店の休憩時間になると窓近くの電気を消して暗くして
客が入ってこないようにするようだった。
幸い窓に近いし、奥の電気はついているから大丈夫だ。
さっきまでいた客はとっくに食べ終わって帰っていた。
客は私ひとりだったので遠慮なくタバコが吸えた。
暗いテーブルでモクモクと蕎麦を食べながら、ちょっと幸せだった(さ)