(前日の記事のつづき)
ともかく、ある日気づいたら財布がなかったのだ。
なぜそんな重大なことにのんびり気づくのかというと
私はあちこちのポケットや封筒にお金を入れる習性があるからだ。
リスがドングリを埋めるようなものだ。或いはカケスだ。
そんなわけで、服やコートやカバンをさぐれば小銭や札が入っていて
財布がなくても電車に乗れないということがないし
コーヒーだって飲めるのだ。
しかし、いくらなんでもやがては気づく。
どうもこの二、三日というもの財布の奴がいないぞ。
あ〜、しかもあの財布にはカードが入ってような気がするな〜。
そのときあくまでも長閑な気分であったのは
私の場合、忘れ物や落とし物がほとんど戻って来るし(不要なものまで)
のほほんと暮らしていても置き引きやひったくりに遭ったこともなく
どこに何を忘れようが深刻な事態に陥った経験がないからであって
そのときも、まあいいかと思っていたのだ。
まあ、いいか。そのうちどこかから出て来るさ。
そんなことを漠然と思いつつ
財布がないことに気づいてさらに一日半くらいたったとき
ある重大なことを思い出したのだ。
そうだ、あのカードだ、カード。
あの弧を描くカードをお払い箱にするいいチャンスだ。
いまこのとき、銀行に電話をしてカードを止めて
いやいやながらも再発行の手続きをしなければ...
私は一生あのカードを使いつづけることになるだろう。
かなり決心が必要だったが、とりあえず電話をした。
再発行に1ヶ月ほどかかりますと言われたとき
面倒になって「もういいです」と口走ってしまった。
けれども、いかんいかん、そんなことでは財布をなくした甲斐がないと
必死に自分を励まして、最後まで相手につき合い
ともかくカードを止めることに成功したのだった。
銀行が調べてくれたところによると被害はまったくなかった。
さすが弧を描くカードは誰も使う気がしないのかと思ったが
弧を描いていなくても被害がないのが私の場合は普通であるので
弧を描いていることに感謝するのはやめた。
最後に「警察へ届けてください」と言われたが、面倒なので放っておいた。
そしたら、警察の方からやってきた。
警察本体が来たわけではない。
「拾得物のお知らせ」と書いてある葉書が来たのだ。
成城警察まで取りに行った。
こういう場合、どういうお礼をすればいいのだろう。
財布といっても札入れは別にあって、入っているのは小銭と
せいぜい千円札が何枚かとレシートと弧を描くカードだが(と思った)
しかし、財布を拾って届けると書類作成の時間がかかる(経験がある)
ご面倒をかけてすみません、という気持が
どういうわけか頭の中でリボンをかけたケーキやらチョコレートと結びついて
浮かれた足取りで警察の中に入り
神妙な顔で現金を抜かれた財布を受け取り
「お金はこちらです」と渡された封筒の中の小銭の多さに吹き出しそうになったり
小銭と一緒に出てきた1万円札にたじろいだりして
さあ、ときこそいまはと思い
「拾ってくださったかたのお名前とご住所を」とたずねてみた。
すると相手は言うのだった。
「拾ったのは警官です。お礼はいりません」
私にはきっと、怠惰を守護する何ものかが憑いている。
それが善きものか悪しきものかは知らないが(さ)
あ、上の写真は何の関係もありませんが
シェリー樽で熟成したポートエレンです。
古き良きまろやかな味わいでありました。